芳賀郡ゆるふわ卓球同盟


世界卓球観てたら無性に卓球やりたくなってきたので、つい我慢できず、かつての戦友たちに衝動的にメールを送ってしまった。いきおいでmixiにコミュニティまで作った。我ら芳賀郡ゆるふわ卓球同盟。

夏休みになったら懐かしい面々とゆるふわ強化合宿と洒落込もう。画像は解る人のみ解ればいい。

ディープ東京 "ICHIGAYA"

 春先からバイト先が市ヶ谷になり、必然的に都心に赴くことが多くなった私は、都内に遊びに来た地元の友人に聞きかじりな知ったかを交えながら案内したりと、エセ東京人ぶりを遺憾なく発揮している。
 しかしヘビー市ヶ谷ユーザーの私でも、実はまだ「市ヶ谷で停まった時に見えるあの釣堀」を攻略していなかった。というか車窓から望める風景の一部くらいにしか認識していなかったから、大して興味もなかったわけで、「ああ平日の昼間からなんて暇な人達だ。」と自分のことを棚に上げながらぼうっと眺めるのが常であった。
 
 先週、陸上の大会でわざわざ栃木から都内まで来るという友人と、秋葉原ガンダムカフェに行くことになった。彼は大の釣好きで、実は「あの釣堀」も経験済みだと言う。私のバイトが終わったら市ヶ谷で合流という約束だったのだが、せっかくだから「あの釣堀」に行ってみようではないかという話になり、何となく足を運んでみたのだった。
 「あの釣堀」は、正式には「市ヶ谷フィッシングセンター」という、まあ当たり障りのないスタンダードな名前で一時間800円そこらだった。釣り竿と練餌を借り、適当な場所を選びコンテナに腰を下ろして釣り糸を垂らす。…全然当たりが来ない。そらそうだ。こんな都心の、人間の気配がムンムンする場所に監禁同然で生きている魚がスれていないわけないのだ。ガラスのハートで有名な私がもし魚の立場だったら、即舌を噛み切って自害している。
 開始15分で飽きた私は、ウキではなく周りの人間や風景を観察することにした。そこにいるのはくたびれたオッサン、大学生アベック、営業と称してサボりに来ているであろうサラリーマン。見上げると市ヶ谷駅があり、決まった間隔で電車が停ったり走ったりしている。さらに上には沢山のオフィスビルや大学ビルがそそり立つ。

 キャッキャウフフで楽しそうな学生たち。昼休み中、川べりにタバコを吸いに来るサラリーマンやちょっとお高めコンビニスイーツを頬張るOL。淀んだモスグリーンの河川の両脇には申し訳程度の植栽と朝夜ラッシュ必須の中央線。

 …ここは、渋谷よりも原宿よりも、池袋よりも六本木よりも、汐留よりもお台場よりも、よっぽど"東京"なんじゃないだろうか。何とも言えず"東京"っぽい!なんだろうこの感じ、もしかしたら私はエセ東京人から真の東京人へと進化しようとしているのだろうか…。



途中からずっと鳩撮ってた



これが噂のディープトーキョーイチガヤ



ガンダムカフェ行ってみたけど、ちゃんと通して観たことあるのターンエーだけだからなんとも。





それと、30分延長でやった金魚釣は爆釣で楽しかった。

TRICK

堤幸彦監督がものすごくツボです。

 先程2時間ドラマの新作を観て、やっぱすげーなーと堤幸彦熱が再燃しつつあります。3日前に新劇場版も観ましたが、これも良かった。ただラスボスの松ケンが自分のタネの説明をしていないのが気にかかったのと、あいかわらずトリックが強引でダイナミックだったのが印象的。お話自体は前者のほうが好みでした。

 アニメやドラマや映画に関して、まだ作り手のことなど気にしていなかった小学生のころ、友達と町民会館に「金田一少年の事件簿/上海漁人伝説」を観に行った。怖くて怖くて両目を手で覆っていたのだが、独特のテンポや構図、カメラワークで演出される気持ち悪くて歯切れのいい、暗いんだか明るいんだかなんとも言えない空気感に魅せられ、幼い僕はずっと指の隙間からスクリーンに食い入っていたのでした。今でも切った耳が包まれていたシーンはトラウマ的に覚えている。その映画を監督していたのが堤幸彦だったというのはそれから随分経って、サブカルに走り出した男子高校生時代の事でした。

 今月の頭に彼が監督した舞台がやっていたのだが、観忘れた。そういえば僕はまだ舞台を観に行ったことがない。生の人間がそこで演技をするというのは、スクリーンを通すのとどう違うのかだろうか。
 やっぱり何でも「生」がいいと人は言う。音楽もスポーツもお笑いも舞台もビールもセックスも。と言うことで、今期は「生強化月間」として色々な「生」を体験しに行こうと思う。

美しさ

千葉市民ギャラリーにて本日まで開催されていた企画展「はないばら」を観てきました。

この施設は元々、フランスからワイン製造事業を持ち込み神谷バー創始者として有名な神谷伝兵衛の別荘でしたが、現在は改修を加えギャラリーとして使われているのです。すぐそばの国道14号よりも向こうは海だったと言うのだから、さぞ眺めのいい別荘だったのでしょう。




「美しい」。素敵な響きです。

しかし、私はこの言葉を使って、何か人やものの姿形を形容したことがほとんどありません。おそらく人の内面や目に見えないソフト的なものに対しては皆無と言っていいと思います。


きっと「美しい」と言う形容詞は、色んな形容詞よりもひとつ上のレイヤーにあって、その下のレイヤーの言葉たちがいくつか組み合わさって「美しい」と言うところにたどりつくわけで、つまり美しいと感じても「何でそう思ったか」と考えてるうちに色んな言葉にすり代わってしまうんですかね。

それと一言「美しい」で形容してしまうと、記号化してしまうと言うか、なんだか「言葉で言い表せてしまった感」によって変に枠の中に収まってしまう気がします。常に言葉にできない何かがあると意識することはとても大切だと、最近は強く思います。



とてもよく晴れた日だったので、このままトンボ帰りはもったいないと、ポートパークまで自転車を走らせました。やっぱり整備された真っ直ぐな道路は気持ちがいいですね。





今日は風があったので、凧で遊んでるこども達が結構いました。
携帯電話とかPSPとかDSとかにはない面白さがあるでしょ。


落ちちゃうよー


これたくさん並んでるんだけどもしかしてベンチなんですかね。だとしたらどう座るんでしょうか、明らかに座りにくそうだけど。


家族は欲しい。


犬も飼いたい。


欲に負けて缶ビールを一杯やってしまいました。
たまにはいいですよね。

2010/01/23

デザインも、アートも、ジャンル分けできないアート的デザイン的その他的何かも、社会に問題を提起して解決へ導く手段の一つなのですね。

そして私は社会のことと、それへの関わり方を学ばなきゃいけないんですね。

多分そうだと思うので、当分そういう感じで行きます。